DNA損傷とその修復機構

遺伝情報を担うDNAは無傷であるべきですが、実際は活性酸素、紫外線、放射線、化学物質などの内的・外的要因により日常的に傷つけられています。ヒト細胞は病気の発生を防止するため、こうしたDNAの傷(DNA損傷)を様々なDNA修復機構を駆使して治しています。
基本的なDNAの修復機構には直接修復、塩基除去修復、そしてヌクレオチド除去修復(NER)の3つの機構があり、私たちは特にNERに注目しています。NERは、紫外線が誘発するピリミジン二量体や化学物質によるDNA結合体(DNA付加体)など、二重鎖DNA構造を大きく歪ませる性質をもつDNA損傷一般の修復に働く重要な修復機構です。

DNA修復研究のための強力なツール;DNA損傷特異的モノクローナル抗体

DNA修復研究を行うにはDNA損傷の測定が必須です。共同研究先である奈良県立医科大学 特任教授 森 俊雄 先生はこれまでに紫外線誘発の3種類のピリミジン二量体型DNA損傷特異抗体、アセチルアミノフルオレン-DNA付加体特異抗体をはじめ、様々なDNA損傷特異的モノクローナル抗体の作製に成功されました。全ての抗体は対応するDNA損傷に対し特異性および親和性に優れており、酵素標識免疫法(ELISA法)に応用して高感度にDNA損傷を測定できるだけでなく、免疫染色法に応用して細胞内のDNA損傷を観察することもできます。それ故、DNA損傷特異モノクローナル抗体は今やDNA修復研究に欠かせない強力な実験ツールになっています。

紫外線誘発DNA損傷に対するモノクローナル抗体

地表に到達する太陽紫外線は295-400nmの波長域からなります。短波長側の紫外線 (UVB域, 295-320nm) は細胞内DNAに直接吸収され、chromophoreである塩基中の共役2重結合を励起します。その結果、同じDNA鎖中の連続した二つのピリミジン塩基間で共有結合が生じ、シクロブタン型ピリミジン二量体 (CPD) および (6-4)型光産物 (6-4PP)を形成します。同時に、長波長側の紫外線 (UVA域, 320-400nm) は6-4PPをDewar型光産物 (DewarPP)に光異性化(構造変換)します(図1)。

図1. 太陽紫外線で誘発される主要DNA損傷とそれらを認識するモノクローナル抗体
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この3種類の主要DNA損傷は紫外線発がんの原因と考えられており、それらの修復能を欠損する色素性乾皮症(XP)患者が太陽露光部に高頻度に皮膚がんを発症することは有名です。太陽光による損傷形成量はCPDが最大であり、全体の約8割を占めます。
DNA中のCPD、6-4PP、および DewarPPに対する抗体として、それぞれTDM-2、64M-2、およびDEM-1が作製されました。いずれの抗体も損傷特異性および親和性に優れ、4種類全てのピリミジン-ピリミジン配列(TT, TC, CT, CC)に形成する損傷に結合します。これらの紫外線損傷抗体は様々な実験系に応用できます。
酵素標識免疫法(ELISA、図2)に応用すれば、10 J/㎡ の254 nm紫外線を照射されたヒト線維芽細胞におけるCPDや6-4PPの修復能力を調べることができます(図3)。

図2. ELISA法による紫外線DNA損傷の検出
図3. ELISA法による紫外線DNA損傷の修復解析

また、抗体は高分子DNA(1本鎖)中の損傷に結合するため、免疫染色にも応用できます(図4)。

図4.蛍光免疫染色によるDNA損傷の可視化

線維芽細胞や神経細胞に紫外線を照射してから免疫染色すれば、細胞核全体にDNA損傷が観察されます。さらに、直径5 μmの小孔をもつフィルターを通して紫外線照射する「小孔紫外線照射法」(図5)で細胞核の局所を照射してから、DNA損傷と修復蛋白を免疫染色すれば、損傷部位への修復蛋白の集積を調べることもできます。

図5.小孔紫外線照射 (Microscope UV irradiation) とDNA損傷・修復因子の蛍光免疫染色

アセチルアミノフルオレン(AAF)-DNA付加体に対するモノクローナル抗体

AAFは実験動物において、肝臓がんを中心に膀胱がんや乳がん等を誘発するため、70年以上前から使われてきたおなじみの発がん剤です。発がんの原因として注目されているのは、DNAグアニン残基への結合体であるAAF-DNA付加体の形成です。特に、グアニンC8位の付加体であるdG-C8-AAF およびその脱アセチル化体dG-C8-AFが重要で、生成量も多いことが分かっています。
そこで、DNA中のdG-C8-AAFに特異結合するAAF-1抗体が作製されました。AAF-1の安定結合には損傷本体であるdG-C8-AAFに加え、その両側に連なるDNA領域が必要であす。また、親和性は少し低下しますが、DNA中の脱アセチル化体dG-C8- AFにも結合します。AAF-1抗体は 高分子DNA中のAAF付加体に結合できる世界初のものであり、細胞や組織切片中のDNA付加体を免疫染色にも適しています。
AAF-1は抗原特異性・親和性に優れ、ELISAに応用すれば、NA-AAF(活性型AAF)処理したヒト細胞におけるAAF-DNA付加体の修復能力を調べることができます。また、免疫染色に応用すれば、ヒト細胞の核全体にAAF-DNA付加体の形成を可視化することもできます。